| さよなら… |
何かいろんなことがあった。自分のこと、そして周囲のこと。いろんなことがあっても、 何一つ解決できず、何一つ分かったことは無く、無様な醜態をさらけだしているような 気がする。 5月、日本にいる弟から、父が末期のがんだということ、余命、早ければ1ヶ月 かもしれないという連絡が入る。それからの私は、自分であって自分でなく、 呼吸しているようで常に息を詰めたような息苦しさを感じていた。急遽日本に 帰り2ヶ月、父の側にいた。だが、私は8月の半ばアメリカに戻ってきた。その 1ヵ月後ニューヨークで目を疑うようなテロが起こり、そしてその約1週間後、 父死すの知らせを受けた。 葬式のためには帰れなかった。いや、帰らなかった。またやられるかもしれないと いうテロも怖かったが、父の死が怖かった。その場に身を置くのが怖かった。本当に 足がすくんでいた。父の側にいた2ヶ月、私は何をしていたのだろうか。本当に父の ためとなることをしていたのだろうか。本人には告知しないという話で帰国したが、 それでよかったのだろうか。周囲は、それでも2ヶ月一緒にいられて良かった、納得 いったでしょ、と慰めてはくれる。本当にそれでよかったんだろうか。こちらの生活は 二の次にしても、滞在を伸ばすべきではなかったか、最後の最後までそばにいる べきではなかったのだろうか。ともかく、そんな今さら考えてもどうしようもない問答を 繰り返す。ずうっと繰り返している。このコラムの「さよならが言えなくて」で書いた ような大層ご立派なことなど、あれは全部嘘っぱちだった。自分の家族に対してだって、 きちんと対処できなかった。さよならを言うこともできず、いや、さよならを言う機会を 父に与えてあげられなかった。この先、その1点だけを、私は後悔しつづける気が する。いい悪いということではなく、父が父らしい死に方を選ぶ権利を奪った自分に 対して。(aki3)
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