あれから、長い年月がたったような気がする。本当に、本当に長い…。

 インディー・ハイで2年分何とか単位を取り戻し、最後の学年を迎えた息子は「元の学校へ戻る」と

言い出した。元の学校? それって、毎日朝きちんと起きて通学するってこと? アンタ、そりゃ、

無理でしょ。今なら、週1だし、午後からだからやっと行けてるようなものだけど。私はすっかり

腰が引けている。元の学校へ戻るということは、更正の道をたどっているということで、おめでたいこと

なのだろうが、また、息子をたたき起こすために、毎朝、戦いを繰り広げなければと思うと、気が

重くなるのだ。それでも、彼は自分で復帰の手続きをして、前の学校へ通い始めた。最後の授業を

サボって早退してくることがままあったが、それでも何とか通い、卒業式を迎えるまでに至った。

 

 今、彼は、全米でも大きな配送グループ、UPSで夜間のバイトをしながら、IT専門の学校へ

通っている。あの、暗いトンネルの中を這いずり回っていたような3年、一番辛かったのは私ではなく

本人だったはずだ。暗いトンネルから光の見える出口へと進んでいったのも本人だったのだ。

私はただ、たまに横目でチラ見しながらも、やっぱり顔を背けていた。我が家の場合は

結果的にそれほど悪いものではなかったが、それはあくまでも結果論でしかない。息子はあのまま、

ずるずると転がり落ちていったかもしれないのだから。それでも、この何年かで私が思ったのは、

親は結局、何もできない、だまって側にいるしかないということ。ただ、私がやったのは、

自分の中で何かを諦めた時から、彼に向ってどなるのをやめ、彼と顔を合わせられた日は、

彼の目を見て普通に話し掛け、普通に接したことだけだった。

 

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