点取り主義のアメリカに(アメリカ教育事情1)

 

 日本ではいよいよ、大学入試の季節で、受験生にとっては正念場だろう。(12月末付原稿)

私はこの年になっても、あの受験期の閉塞感を思い出して嫌な気になることがある。システムの中で

逃げ場がないという状態は、ホント絶望的にもなる。

 アメリカの教育に対しては、ずっと憧れに似た気持ちを抱いていた。というか、今思えば勝手な空想

だった。何よりも個性を重んじた自由な風、それが教育システムに吹いている気がしたのだ。ま、何でも

そうだが、見ると聞くでは、かなりの隔たりがある。アメリカの教育システムも例外ではなかった。それでも、

自分の子どもたちの時代(3人共義務教育を終えたばかりだが)は私の空想に近かったかもしれない。

が、ここ数年の間に、アメリカの教育事情がすっかり変わってしまったといえる。

 アメリカの公立教育システムは、K-12と言われるもので、幼稚園(k)から高校4年生(12年生)までが

そのシステムに組み込まれている。日本と引き比べてみると1年生から6年生までは小学校、後は州や

地方学校区によって、6〜7年生、あるいは7〜8年生までを中学校、9〜12年生までが高校となる。

住所のある学校区に幼稚園から通い、後は小、中、高校へと上がっていくので、高校を卒業するまでが

義務教育といえよう。その後は本人の意思で、2年制のカレッジや4年制の大学へと進んでいくのだが、

日本のようにいわゆる全国一斉の試験、あるいは大学個別の試験は無い(設けているところもあるが)。

その代わり、アメリカの高校生はほぼ4年間の成績(GPA)、大体3〜4年生で受けるSATテスト

(何度でも受けられる)、エッセイ(論文)、そして高校生活中のボランティアや部活といった社会への

参加活動などで入学が判断される。

 日本でいう通知表の評価はA〜D、そして合格できない、つまりF(Fail)の段階評価。で、例えばAが

4.0、A-が3.7、Bが3.3などというようにA〜Dのポイントを総合し平均したものがGPA(Grade Point Average)と

呼ばれ、この数字が大学進学の評価に繋がる。そんなこんなで、アメリカの高校生は、例えば

カリフォルニアならUCLAに代表される一流校へ入ろうとする場合は特に、こうした日々の成績や活動にも

気が抜けない。これって、ある意味、入試で一発逆転を狙える日本の学生よりキツイんじゃないかと思う。

そのキツさに追い討ちをかけるのが、2004年から始まると言われる“高校卒業試験”。これは、大学へ

入っても勉強についていけない学生があまりにも多く、高校での学力に疑問が投じられたことから

提案されたもの。ま、パスするまで高校在学中に何度も受けられるという話だが、大学は決まっても

卒業できないということもあり得るのだ。

 キツイのは高校生ばかりではない。数年前から導入されているのが自動進級の廃止。小学生と

いえども落第が大ありということだ。それに加えて、学力低下が著しかったり、改善の見られない学校には

政府予算割当て打ち切りなどという厳しい政策が導入されたものだから、学校関係者の目の色が全く

変わってしまった。放課後や土曜日、そして夏休みや冬休みにも補習授業を行い、なるべく落第生を

出さないようにと必死だ。近頃では、カリキュラムはそっちのけでテストの点の取り方ばかり教える

先生もいるそうだし、カンニングの数も急増しているとか。それもこれも、先進国の中では低いと

言われる学力水準のせいで、前の大統領、クリントンさんが一大教育改革を掲げたことからこうなってきた

気がする。これでは、ちょっと前のどっかの国のようでもある。点取り主義なんて言葉、死語というより、

この国では聞くことはないだろうと思っていたが、どうやらそうではなくなってしまった。“個々の能力を

大切にした自由な教育”なんて所詮どこにもなく、そうした神話など文字通りただの夢物語に

過ぎなかったのかもしれない。

 

 

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